リフレクション 写真展 / director 湊雅博

どこで撮ったのかという質問に毎回ちゃんと答えていたつもりだったが、今日は話の流れで「自宅のすぐ近所でも撮るし、街中でも撮っていて、どこでも撮るけど人工物が写っていないだけ」と話したら、とても意外だったようだ。大自然の、どこか遠くの誰も居ない所で撮っていると思ったようだ。もちろんそういう所でも沢山撮っているが、いろいろだ。言われてみればほとんどが自然の中で撮ったように見える。実際、人工物が写り込まないように撮っているのだけれど。私自身は撮影したその場の記憶がずっと写真に張り付いている。私にとって当たり前すぎる事でも、写真自体から読み取れなければ伝わらない。写真上に現れることがらだけで作品を成立させようと思っていても、こんな事さえ客観的になりきれず、心の隅では都合のいいことだけを伝えたいと思っている。そもそも、客観的になった私がしたいことは何なのだろう。

トークイベントで「私は撮影時の動機に個人的な欲望は邪魔なので、それをいかにそぎ落とすかが問題なんです」と言ったら、「好きなものを撮る」と素直に言っていた福山さんは驚いていた。彼女の作品からは視線と被写体が真っ直ぐに繋がった感覚が読み取れるが、そこにケレン味などない。私は「好きなもの」という言葉が心の中で数日引っかかっていた。私には目的があって、それには個人的な欲望やら趣味を匂わせるものが邪魔で、それを削ぎ続けることで、少しづつ求めるものに近づけると思っていたが、目的自体も欲望に違いない。その目的の裏で自分自身が気付かないことも写真に凝縮させて来たのかもしれないと思い始める。もう一方では「撮れてしまった写真」が顔を覗かせる。私は過渡期にいるのだろうか。小平雅尋

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