松浦 寿輝 「詩の波 詩の岸辺」p174より引用
観念的な詩語の息苦しい持続の中に、様々な他者のテクストが呼び入れられ、種々多様な「裂開」が作り出される。だがそうやってページの上に空白が開かれるや、それはまた言葉それ自体によってただちに閉鎖されてゆく。
今月は、観念的ないし抽象的な作風の詩人の仕事がたまたま三冊並んだ。素朴な抒情や感傷は単なる自己満足に堕しやすいが、他方、硬質な観念の遊戯もまた、ややもすれば空転し、ナルシシズムの閉域に案外と自足しがちなものである。現実や他者の突きつけてくる抵抗感が表層言語の自動運動に歯止めをかけるということが、なくなってしまうからだろう。これら三冊は、どれもそうしたナルシシズムの罠の所在に十分に自覚的な作者によって書かれていると感じた。
森下